株式会社 電通 岡野敏之さんに聞く、
「広告業界がキラキラするために今、必要なこと」
きちんとしたプロセスを踏みながら、
これからも「驚き」や「発見」にあふれた制作の現場を。
―― まずは自己紹介をおねがいします。
岡野岡野敏之と申します。
電通に入社し、1年目からクリエイティブ配属で
コピーライターを担当していました。
今は電通の「クリエイティブ&ナレッジ
推進センター」というところで、
「CRプロセス計画推進部」の部長をしています。
時々は現場のクリエイティブディレクターも
やっているので、そういう意味では
肩書きとしては “管理系の部長”と
“クリエイティブディレクター”の二刀流でやっている、
という感じですね。
―― この業界に入ったきっかけを教えてください。
岡野明確に「広告会社に入りたい」
と思っていたわけではなく、
子どもの頃からテレビが大好きだったので、
漠然とテレビに関わる仕事をしたい
とは思っていました。
そんな中で就活中に、僕の大学の同期で
先に電通に入っていた友人から
「岡野くん、うちの会社に向いていると思うから
来たらいいよ」と言われて、
「じゃあ受けてみようかな」みたいな
軽いノリで受けてみたというのが
正直なところです。
当時、もちろん電通という会社の名前を
聞いたことはありましたが、
具体的に何をしている会社なのかは
全然わかっていなくて。
郵送されてきたパンフレットを見て、
「へぇ、こういう会社なんだ」と知ったくらいです。
でも、いろんな仕事がありそうな中で、
どうせなら“テレビに映るもの”に関わりたいな
と思って、就職試験ではダメもとで
「クリエイティブ希望です」と答えていました。
それでも運よく最終役員面接まで進めたんですが、
そこで志望部署を聞かれたときに隣の受験者が
「クリエイティブです」と答えたら
「クリエイティブでは何をやりたいの?」
という質問が返ってきて…。
「え?その先あるの?」とめちゃくちゃ驚いたんですよ。
それで、彼が「コピーライターです」
と答えたのを聞いて、
「あ、そういうふうに答えるんだ」
と思って真似して難を逃れました。
順番が違っていたら、どうなっていたことか…(笑)。
―― 希望が叶ったのですね。
岡野「希望」というのもおこがましいぐらいですが、
たまたま“サイコロがいくつも偶然
いい方向に転がった” という感じでしょうか。
現実としては単なる「まぐれ」ですが、
よく言えば「運命」ということで。
―― では、運命の仕事をしていて
「良かったな」と感じる瞬間はありますか?
岡野実際にテレビで自分が関係したCMを見たり、
ラジオから自分のコピーが聞こえて来たり、
新聞や雑誌の掲載を見たり、
街中でポスターを見かけたり…。
最初の仕事は新聞の小さな広告でしたが、
すごく感激したのを覚えていますし、
いまでも世の中に出たものに触れる瞬間
というのは、やっぱり特別ですね。
あと、撮影の現場そのものが好きです。
監督のもとで照明部、美術部、録音部、制作部など、
いろんな役割の人が動いていて、
そこによくテレビで見るタレントさんが現場に来て、
実際に演技をしてくれて、
それを撮るという瞬間の臨場感。
自分の役割を棚に上げて「楽しいなぁ」って、
いつも思っています。
―― ご自身で書いたコピーの“手応え”は
どういう時に感じるのですか?
岡野自分では「いいのが書けたんじゃないかな」
と思っても、実際に出てみるとそうでもなかったり。
逆に「これで大丈夫かな?」と思って出したものが、
たくさん反響をもらったり。
“当たりのツボ”は、いまだに分かってないのかも
しれません。
でも、そこが面白いところだとも
思っています。
―― クリエイティブだけでなく業務プロセスや
取引構造の仕組みを変える側にも
携わっていらっしゃる
岡野さんは、
広告制作における、いろいろな側面から
「おかしいな」と感じることがあると思います。
どのような場面で感じられますか?
岡野僕が新人の頃でしたが、
CM制作費が何千万円という単位で動いているのに、
見積書も契約書も存在してないことに
すごく驚いたんですね。
「こんなに大きな金額で契約書もないなんて、
家を建てる時には考えられないですよね?」
と当時の上司に聞いたら、
「いや、この世界はそういうもんなんだよ」
と言われて。
何も知らないながらに
「不思議な世界だなあ」と感じていました。
しかも当時はまだメールでやり取りする
時代ではなく電話が中心で、本当に「口約束」で
決まることがほとんどでしたから。
それから何年も経って
実際に自分でCDを担当してみると、
途中で条件が変わることも度々ですし、
その都度で書類を取り交わしたりするのも
無理があるのかなあ、
なんて思うこともありましたが、
「本当にこのままでいいのかな?」っていう
素朴な疑問はずっと持ち続けていましたね。
―― 改善されたらもっとスムーズになる、
質が上がる、という点はどういう事だと
思いますか?
岡野10月に発行された
「広告制作プロセスマネジメントハンドブック」
の中にも出てくるのですが、
与えられた条件の中で確認を重ねながら、
どれだけ制作費などの条件面をクリアにしていけるか
だと思います。
その証としての書面なども発行されるべきですし、
もうちょっとシステマティックにできないかなと。
ただ、CM制作は一本一本が
フルオーダーメイドなので、
同じような映像を作るにしても、
監督やスタッフによって
作法やアプローチが全然違いますよね。
だから「この画を撮るならこの金額でしょう」と
一律には測れない。そこにジレンマがあります。
それでも、せめて「この仕事は何月何日までに、
いくらの金額で、こういうものを作りたい」
という確認ぐらいは、もう少し明確に
しなくちゃいけないですよね。
それをなるべく、書類の山に埋もれずに
進められる仕組みが作れたらいいなと思っています。
ちゃんとやろうとすると工数が増える、
これが働き方を圧迫する。
でも逆に、スコープが曖昧だから
働き方が圧迫されている側面もある。
この堂々巡りを解決するためにも、
私たち広告会社の人間も制作会社のみなさんも、
おたがい無駄な手続きを省きながら
中身の濃い仕事にしていこうという
共通認識を持って進めていくことが
大事なんじゃないでしょうか。
自分で担当している現場でも、
「制作会社の方に無駄な手数を踏ませない
ようにするにはどうしたらいいか」を
常に考えています。
持続可能に仕事をしていく、という観点からすると、
「多少の無駄は厭わないからとにかくやる」
というよりも、「必要以上に面倒である必要はない」
と考えて、できるだけ効率的に、
健全に進めるやり方を考えなくてはならない
と思います。
いまでは働き方改革がある程度進んでいて、
電通では22時以降の勤務は原則NG
となっているんですが、実はその前から、
僕自身が担当するチームでは
22時以降の仕事をしないようにしていて。
たとえば競合プレゼンが月曜提出でも、
「金曜22時終了」というスケジュールで
組んでもらっていました。
やっぱり仕事って、「お疲れさまでした!」と言って、
帰りにビールを一杯飲んで電車で帰るぐらいが
サステナブルだと思うんですよね。
あくまで個人の感想ですが(笑)。
―― 広告主・広告会社・制作会社・制作スタッフの
方々に対して求めることを教えてください。
岡野僭越ながらクライアントのみなさんに
お願いしたいのは、
「より明確な目的を示していただきたい」
ということですね。
周りの状況を見ていると、
けっこう迷走した進み方をしているように
見えるケースも多いなと思っていて。
ひとつの例として、
僕がいつも困ってしまうのは
「インパクトのあるCMをお願いします」
というオーダーです。
でも「インパクト」って言葉も曖昧ですし
分解して考えていくと果てしない種類が
あるんですよ。
「こういうインパクトですか?」と提案すると、
「そういうのじゃないです」みたいな。
そんなやりとりになることが結構ある。
CMって、見た人の記憶に残ることが
「インパクト」の効果なんだと思うんですけど、
ひと口に「記憶に残る」といっても、
商品名が残るのか、イメージが残るのか、
笑いが残るのか──いろんな方向があります。
それを全部まとめて
「インパクトのあるもので」と言われると、
求めている像が分からなくなってしまいます。
ですから、より明確な目的を示してもらえると
助かります。
「何を残したいのか」「どこを印象づけたいのか」
そこをはっきりしていただけると、
ゴールに向かっていいものをつくることに、
もっと集中できるはずなので。
次に、私たち広告会社についてですね。
まずCDのディレクションが曖昧になると、
全体の仕事量が一気に増える傾向がある。
そのディレクションが曖昧になる原因が、
そもそもブリーフ(依頼内容)があやふやだ
ということもあるんですが、だからこそCDは、
クライアントさんと「今回のご依頼は
こういう内容ですよね」としっかり確認することが
求められていて。
そこで方針を絞ったうえで、
制作現場のみなさんにお願いする。
それが理想的な流れだと思います。
最近は若いCDでも、
そういうことができる人が増えてきました。
昔はクライアントに自分のやり方を押し通そうとして、
あちこちでケンカしてしまう
「職人気質」のCDも多かったですけど、
今は「チームのハブ」として整理しながら
進められる人が増えてきたのは
良い傾向だと思います。
そして、制作会社のみなさんに何か…。
これ本当に難しいですね。
いつも現場で、プロデューサーや
チーフPMの方々の対応力って
本当にすごいなあと感心してしまっている
ぐらいで。
いろんな無理難題を投げかけられても、
「じゃあこうしてみましょう」と瞬発力と
判断力を持って動ける方がとても多いですよね。
現場でトラブルが起きても、責任者として即断できる。
そういう方々に支えていただいてるんだなと、
いつも感謝しています。
もし強いて言うなら、
「一生懸命やりすぎる」ように見える時がある、
ということでしょうか。
もちろん、みなさん仕事が好きで
熱意をもってくださっている証なんだ
とも思うのですが、様々なツールのおかげで
すごく便利になった一方で、“時間を忘れて
働いているうちに周りも巻き込んでしまう”
というケースもある。
それは広告会社のクリエイターにも
よくある話ですが。
だからこそ、「タイムマネジメントを
うまくやっていこう」という意識が必要だと
思っています。
毎日毎日徹夜みたいな働き方をしていたら、
どんなに好きな仕事でも、
誰だっていつか疲弊してしまいます。
才能あふれる人が燃え尽きてしまったり
しないように、環境を整えなきゃいけないですよね。
特に若い世代のPMやプロデューサーの方は
頑張りすぎる傾向があるようにも思いますが、
私からすると、もっと「ずるく」やってほしい
と思います。
「ずるく」というのは、
手を抜くという意味ではなく、
一生懸命やりすぎない勇気を持つ、という意味です。
程よい一生懸命さって難しいんだけど、
いちばん求められていることでもある
と思っています。
いかに「持続可能な働き方」で、
いい仕事を健康に続けていけるか。
そこが大事ですよね。
―― 「広告業界をキラキラさせるために必要なこと」
は何だと思いますか?
岡野「キラキラ」って、派手さとか華やかさのこと
じゃなくて、“現場でワクワクできる瞬間”が
あるかどうか、だと思っています。
たしかに昔は予算も規模も大きくて、
打ち上げなんかも含めて“派手”な現場は
数々ありました。
でも今はそういう時代じゃないですし、
効率化やコストの制約もあって、
昔のような“派手さ”はなくなってきました。
それより、「楽しい」「面白い」と思える瞬間を
感じられる現場であることのほうが、
大事だと思います。
役者さんの名演技を生で見ることができたり、
新しい技術で見たこともないものを見られたり、
自分の想像を超えた映像や瞬間を目の当たりにして
「うわ、すごい!」って思う。
そういう“驚き”や“発見”がある現場が続くこと。
それで「この仕事やっててよかった!」と思える時間が
増えていくこと。
それが、広告業界をキラキラさせるために
一番大事なことなんじゃないかと思います。
高校時代の部活って練習はきつかったはずなのに、
振り返るとあの時間はキラキラして見える。
広告の仕事にもそういう側面があると思います。
一生懸命やって大変だったことが、
後から「楽しかったな」と思える。
その過程で、「すごい人」や
「すごい瞬間」に出会える。
広告の現場って、
永遠の青春なのかもしれません。
―― 最後に学生さんや、これから広告業界を
目指す方々にもメッセージをお願いします。
岡野広告の仕事は、本当に楽しいです。
そして、すごい人がたくさんいます。
企画段階から現場での演出に至るまで、
「こういう技をくり出すんだ!」と
感動させてくれるディレクター。
めちゃくちゃ大変な現場を、
軽快なフットワークで完璧に仕切るPM。
あるいはダジャレしか言わないのに、
そのセンスが抜群なプロデューサー(笑)。
いろんな“面白くてすごい人”にたくさん出会えるのが、
この業界の魅力です。
学生さんたちからも、
「そんな人たちに出会えるんだ」と
思ってもらえるような業界であり続けないとですね。
広告の仕事のもう一つの魅力は、
「いろんな世界に出会えること」でしょうか。
いろんなクライアントさんの仕事をするたびに、
その会社の人になったような経験ができます。
ビール、クルマ、シャンプー、半導体、ファッション、
生命保険…どんな業種の仕事も
できちゃうんですよね。
この仕事じゃなかったら、
一生触れないようなテーマにだって
どんどん出会える。
「どう表現したら伝わるだろう」と考える中で、
また新しい発見がある。
それがこの仕事の醍醐味です。
クライアントさんにも
「すごい人」がたくさんいらっしゃいますし、
広告会社のメンバーにも、
そして制作会社のみなさんにも、
いろんな「すごい人」がいます。
どんなによくできたAIを使うより、
すごくて面白い人と一緒に
仕事をできることのほうが
幸せなんじゃないかなと。
私もそう思ってもらえる人でいられるよう、
何とかがんばろうと思ってます。
―― ありがとうございました!

株式会社 電通 クリエイティブ&ナレッジ推進センター
CRプロセス計画推進部長/クリエイティブディレクター
1993年入社。1996年に東京都テレビCM「古紙の主張」でACCグランプリ受賞。
コピーライター、CDを務めながら制作管理の仕事も兼ねる二刀流で、2025年10月にリニューアルされた「広告制作プロセスマネジメントハンドブック」の制作にも携わる。
- 聞き手/一般社団法人日本アド・コンテンツ制作協会
市川 裕子 - 記事公開日/2025.12.1